白鳥の歌 ~ノロ・ニブ・ドジから巧速を目指す~

マイペース過ぎると評価された元知的ブルーワーカーが、 巧速を目指すトライ&エラーを綴るライフハック集+時々随筆。

SNSと私(随筆)

三日坊主は避けられたので、Twitterアカウントをブログに載せますよ。

今一つ使い道の見出せていないTwitterですが、とりあえず書いてみてライフログの収集に充てようと言う考えです。
紙媒体にしてもいい日々の記録を、SNSでやってみてるだけ。
他の人の目があるから、記録するために行わなければいけない行動(この場合は「自分のための一日一手入れ」)もさぼらずに続けられるかな、と。

一度まともにやってみたいんですよ、Twitter、もとい、SNS
「私ったら元IT系なのに、MixiTwitterフェイスブックtumblrInstagramもPinterestもやったことない! 恥ずかしい!」
な状況から脱却したくて。

どうしてやってなかったかって、単純に、コミュニケーションツールに興味が無かったからですね……。
それを使ってどんなコミュニケーションをとるのか?
って考えた時に、楽しそうなイメージが浮かばないんです。

以下、何となくの考えを書いた随筆です。

 自分はお出かけとか飲食記録を公開してきゃっきゃするキャラじゃないし。
興味のあることを不特定多数と共有してきゃっきゃするのも、今一つイメージが持てないし。
何ごとも一瞬で流れていってしまうネットの激流の中で、連続して面白い一言(140文字なんて一言も良いところだわ)を創作し続けるする気力も無いし。
他の人から自分の好みに対して「いいね!」されて、何か満たされるものがあるのかな、とか、よく分からないのです。
(面白がってる人達を否定している訳ではないんですよ。
何となく、自分にはよく分からないだけで。)

私が心底求めているのは、
「自分と興味関心と知的レベルの近い人との、親密かつ情愛溢れる長期的な交流」。
もっと言えば、
「その特定の相手と一生(と言って良い、約束された長期間)一緒に居ること」
なんですよね。
ネットのコミュニケーションではそれは得られないともう知っているから、浸っても仕方が無いと思っているんです。
面白いものがあったら、素敵なものを見付けたら、その喜びを共有出来る、自分の大好きな人達(特定)にまず教えたい。
それが居ないのに、不特定多数に向けて発信しても空しい。
という感覚が近いかな。
厳密には、こうして自分から情報発信をしている時点で、誰かに見付けて欲しくて、構って欲しい……つまり、交流をしたいという欲求が無いとは言えないんですよ。
でも、交流が前提にある設計のサービスだと、相手が居ない空しさが浮き彫りになってしまうから嫌なんですよね。
他人と交流しなくても、そのサービスを利用するメリットが出るものでなくては嫌だ。

「知的好奇心を満足させるやり取りができる人がいる⇒その人とずっと一緒に居たい!」
という、一種異常な思考回路を持っている自分には、コミュニケーションの場としてのネットは、ショーウィンドウ越しにご馳走が並べてあるだけの場所なんです。
美味しいものがあると知っても食べられないんだもの。
コミュニケーションの場として深入りしても意味が無いと分かっているから、空しくなると分かっているからしたくないの。
有用な情報を探し、ピンナップするメディアとして活用するつもりはあるのだけれど。

そう言えば、ホームページ(ブログが流行るより前の、自前でHTML組んでWebSiteを公開してた時代)を開設していた頃にも、感想文サイトとしてそこそこのアクセス数はあったのに、特に誰と交流するでもなく、淡々と更新するだけの運営方針だったな……。
本当は、サイトの感想をくれる人達や同じ趣味の人達と、はしゃいでお喋りしたり、合同企画を開催したり参加したり、物凄くしたかったんですよ。
でも、その手の「友情」に何度か触れてみた結果、自分の求めるものとは性質が違うと分かったから、……正確には、自分の性質が他と異なっていると分かったから、深入り出来なかった。

逆に言えば、「自分と興味関心と知的レベルの近い人との、親密かつ情愛溢れる長期的な交流」の実現が叶っていて、その点について不満の無い状況だったら、ネットでコミュニケーション遊びも問題無くできるかもしれません。
衣食住が満足している状態だったら、おしゃれに拘る余裕が出るようにね。

しかし、仮定の話を掘り下げても仕方がありません。
私としては、流行りの技術はできるだけ感情的な繋がりを排して参入し、もし何らかの繋がりが出来たら参加はしてみる程度の姿勢で、「有用な情報を探し、ピンナップするメディア」として使う方法を考えつつ経験してみる、というのが、昨今のネット界に対する自分の方針になるのでしょう。

もう一つ、SNSを使う際にちょっと考えてしまうのが、ペルソナ=アカウントの使い分けです。
これについては、少し前に考えを整理して、そこそこの解決策を導き出すことができました。
何かの機会があったら記事にまとめてみようと思っています。